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うつ病エッセイ 9.そして実家へ
 薬局を出て昼食を食べた後、一旦自宅にもどり、姉の車で実家にむかった。今日の診断結果を両親に報告するためだ。
 私は、すでに疲れが出始めていて起きているのも億劫だった。移動の車中で多少の休憩をとって数十分後、車が実家に到着した。
 両親は、私が起きているのが億劫な事を姉から電話で聞かされていたので、横になって休めるよう、ソファに枕を用意して待っていてくれた。

 私は、両親に挨拶をしてからすぐにソファに横になった。とても両親二人を相手に話す気力などなく、体も重かった。
 母がお茶をいれてソファのあるリビングに運んできた。父は話がはじまるまで落ち着かない様子。所在無げにウロウロしていた。
 姉が病院でもらってきた冊子を見せながら、私の症状とうつ病という病気に関する説明をし始めた。病院で先生が言っていたことを一言一句もらさずに説明している。さすがは看護士。的確でわかりやすい説明だった。

 私はソファで横になりながら、説明する姉と、前のめりになって話を聞く両親をぼんやり眺めていた。すると、私の症状を聞きながら母が涙を流しはじめた。なんで泣いているのか。かわいそうと思ったのか、心配なのか、驚いたのか。ただ、私が原因で泣いていることは確かだ。そんな母を見て、申し訳ない気持ちと迷惑をかけてしまっている事で自責の念がでてきて涙が出た。ただここで私が泣くと余計に心配をかけるのではないかと思い、なるだけ涙をこらえる。

 一通りの説明を聞き終え、両親はいろいろな質問をしてきた。私はあれこれ質問されると、攻められているような気持ちになり、考えもまとまらず話がうまく出来なくなってしまうので、代わりに姉が受け答えをしてくれていた。
 うつ病とはやっかいな病気で、見た目では心身の不調がわからないため、周りが患者にどう接すればいいのかわからないようだ。
 私は辛いことを辛いと、出来ない事を出来ないと伝えるしかなかった。すでに家事もままならない私の状況を知った両親は、今後のことを姉と相談していた。
 私はそんな三人をみて、再び迷惑をかけている自分を責める思いで一杯になった。

 話し合いの結果、日常生活で支障をきたすことなどを両親が手伝ってくれることになった。その時の私は集中力がなく、複数のモノゴトを同時にこなすことが困難な状態になっていたため、食事の支度などができなかった。細かい作業や複数のおかずを同時進行で準備しなければないらい調理は、がんばっても最後までできないのだ。作業も旨くいかず、途中で気分が悪くなる。
 とりあえず、食事の準備を手伝いに両親が私の自宅へ通ってきてくれることになり、その日の話は終わった。
 会社を辞めたこと、日常生活に支障がでてきていること、今何かに取り組む気力がないことなど、今まで一人で悩んできたことを一番身近な家族に相談できたことで、今までの緊張が少しほぐれ、ほっとしていた。

 会話や思考ができない状況の中で、ここまで周囲の理解を得るのはとても大変なことだったが、幸いにも姉の協力でスムーズに話を進めることがで、姉には本当に感謝している。 
 そうして、長く感じられた一日がやっと終わった。
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